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社 憲
職場を明るく楽しく
重役にはかり29年に制定
多いときは一日に60人ぐらいの人に会う。一人5分としてもたいへんな時間になるし、また非常に頭を使う。相手は政治家だったり、財界人だったり、報道関係者だったりと多種多様だが、もしそんなとき私のいうことに間違いがあれば、丸善の社長がこう言ったからということで会社が不利になる。まったく、社長商売もつらきかなである。しかし、それがまたたいへんな勉強にもなっているから、人の世のことはおもしろいものだ。
とにかく、私が社長になってから丸善石油の性格はがらりと変わった。まず、派閥というものがなくなった。それまでの丸善石油は派閥争いでばらばらになり、実に乱れきっていた。こんなことでは、どんなにいい人材があってもだめだ。そこで、一日も早く一本化しようと考えたのである。
われわれが人間として生きてきた以上、限られた人生をある意味でエンジョイしなければならない。ところで、私たちの毎日でほんとうに楽しい時間は、一日の仕事が済んで家に帰ってから女房や子供と団らんしているときくらいだとおもうが、その楽しく貴重な時間もせいぜい一時間か、ながくて二時間ぐらいのものだ。
それにくらべれば、われわれはどうしても一日8時間は職場にいなければならない。その長い時間を不愉快に過ごしたら、人生はつまらないものになってしまう。ことばをかえていえば、人生を楽しいものにするには、一日のうちで私たちがいちばん長く過ごす職場を明るく楽しいものにしなければならない。互になかよく譲りあい、結び合っていくようにしなければならない。それには、こんな乱れた会社ではいけない。そう考えて、私は「社憲」の制定を思い立った。
家に家憲あり、国に憲法あるとしたら、会社に社憲があっても不思議はない。かねがね私は“団結”と“大和”を説いてきた。よし、この大精神をもとに社憲をつくろう。と思っても、前例がないので苦心した。やっとできあがったが、それも押しつけでは意味がない。重役諸君にはかり、異議なしということで昭和29年4月1日に発表したのが次の“社憲”である。
〔第一章〕われわれは常に正道に立って社業を運営する。会社の発展は社会の福祉、世界の進運に寄与し得るものでなければならない。
〔第二章〕経営者と従業員は、ともに会社の根幹である。互いに相より相たすけ、和の心をもって一致協力する。
〔第三章〕われわれは至誠を傾け、会社中心に行動する。冷静綿密に事物を考察して軽挙をつつしみ偏見を排し、所信は堂々とこれを披瀝(ひれき)する。
〔第四章〕会社の一員として誇りと責任をもつところに愛社心が生まれる。各自会社の支柱であることを自覚してその職場を全うする。
〔第五章〕各自の信用はすなわち会社の信用となる。常に良心にしたがって職務を公明に遂行し、然諾はこれを重んずる。
〔第六章〕われわれは組織を重んじ、規律にしたがう。各部署は互いに緊密な連絡を保ち、相協調して社務の円滑な運行につとめる。
〔第七章〕われわれは一滴の油、一枚の紙をも粗末にしない。一切の冗費を省いて会社伸長の用に供し、社力低下の原因になる災害防止に万全を期する。
〔第八章〕われわれは家族的情誼(じょうぎ)に基いて明朗健全な会社を建設する。互いに敬愛し、喜憂はともにわかち合う。家族もまた会社と志を一にする。
〔第九章〕われわれは一人一業主義をとる。会社と生涯をともにする覚悟をもって、各自の本分に最善をつくす。
〔第十章〕経営者の選択は、会社の興廃を左右する。社務に尽瘁(じんすい)し、人物、才腕、識見ともにこの社憲に最も忠実な者の中から会社は経営者を推挙する。